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by obsessivision
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「祭り」

玄関から一足踏み出した先は、今までの安らぎを一瞬で奪ってしまう暑さ。まだ午前中だというのに、地の底から煮え立つような熱気・車道に映る陽炎・耳に突き刺さる熊蝉の声。吸い込む息が思わず詰まる。今日もまた、一日が始まる…そう考えただけで目の前がかすみ、足取りが止まった。
もともと暑さには慣れていたはずだった。都心の喧騒を幼い頃から身近に感じて育ち、絶えない熱気はむしろ、私の内奥から欲していた程に我が物としていた。それならば、この私の弱さは一体なんだというのか。倦怠感と無気力に圧し負ける程に衰えた私の体は、あながち歳のせいだとばかりも言えない。

そういえば、私が今の職を手放さないのも何故なのか分からない。幼い頃、溜まりに溜まった自意識は、文筆をもって"社会の歪み"を世に問うことを願っていた。目に見えて「矛盾」と「欺瞞」に満ちたこの社会に警鐘を鳴らすことが、この私の使命だと考えていたのだ。今考えれば恥ずかしい話だが、必ず私の行動が皆に伝わる、と信じてやまなかった。
そのような夢物語を語るほど私ももう若くない。日々を過ごすことの難しさを知り、物を書いて細々と暮らすしがないライターなのだ。惰性、そう言っても差し支えないが、今なお付き合い続けてる彼ですら、いわば私の夢の燃え屑なのだろう。とうに夢は捨てたつもりなのに、未練がましく燃え屑から離れられない私にあまりの現実臭さを感じて、嫌悪と後悔が混じった苦笑に口元が歪む。

この暑いさなかに郊外へ行くことになった。近頃よく取り組まれている地域振興事業を取材するのだ。その一環として伝統行事である祭りが目玉となっているが、ここ数年見直しを図られた程度の行事にどれだけの観光客があるというのか。…何においても斜に構える自分に嫌気がさし、気の乗らぬまま当地へと向かった。

「どうも、はじめまして」役場で取り次いだ行事担当の方は意外に若かった。そのにこやかな対応は社交上の礼儀以上に彼の人柄が滲み出ているようにも感じられる。自分がいわゆる町おこしの一角を担っているのだという自覚が、彼の瞳に熱意を宿らせる。彼の腕に抱えられた資料には、私の予想した以上の規模の大きさが物語られていた。多分に漏れずこの地域にも過疎化の波が寄せており、祭りを担う者が減っているという。伝統行事を次の世代に残すためにも、観光の目玉を増やさねばならない。そこで、例えば踊りなどは年間を通して観光客の目に触れるよう、祭りの時期だけでなく、あらゆる機会を用いて行おうというのだ。公開練習、定期的な公演、高校文化祭での発表、果てには記念館の設立も考えているとか。
「全国的な知名度は実際に高いんです。踊りも伝統芸能として独自の発展を遂げてきた独創的なものなんですね、それなのにその価値が正当に評価されないのは、今までこの町を十分に観光地として開放してこなかったことも一因だと思います。この企画は私たちの文化を皆さんに知ってもらういい機会なんです。ぜひ直に私たちの文化に触れて町の心を感じ取って欲しいんです・・・」
いささか気負いすぎの感もあるが、その語気からも彼がなるべくしてこの担当になったと思わせるのに十分だった。
実際に見学も行わせてもらった。行く先々で私は人々に思わぬ歓待を受けた。また、担当の方と祭りに携わる人々はとても関係が良く、冗談を飛ばしあいながらも、彼らが信頼によって結ばれているのが良く分かる。
「これからこの町は変わっていくんですよ」 ありきたりの陳腐な言葉だが、最後にそう言った彼の、自信に満ちた顔を今でも忘れることができない。

帰り道を行きながら、私は混乱を抑えられなかった。自分が成しえなかったことを、この町の人はやろうとしているのではないか。あくまで現実的な視点に立ち、そして実に前向きな姿勢で。同じく先を見るにせよ、私にないものを持っている彼らの方が遥かに将来性を感じさせる。

いったい、私は、どこで隘路に嵌ってしまったのだろう・・・

半ば打ちひしがれ、駅に向かって重い足取りを進める私の後ろで、懐かしい轟音が響いた。振り向くと、空に大輪の花が幾つも輝き、散っていった。
折しも今日はこの町の納涼花火大会であった。
by obsessivision | 2005-09-06 01:17