私は走っている。草むらを掻き分け、何かを求めるように走り続ける。止まってはいけない。でなければ手の届かないところに行ってしまう。ただひたすら走り続けると、目の前に大きな木が立ち塞がる。進めない!途方にくれてへたり込んでしまった。それに続いて涙が頬を伝い流れ落ちる。何てことだ、もう……
目を開く、と同時に自分が息を呑んでいるのに気付く。ああ、夢か。いつもと変わらない光景。鳥がさえずり、心地よい日差しが射している。いつもの景色がいつもと同じようにある、そのことに安堵した。ただ、妻が心配そうに覗き込んでいる。早く目が覚めたのか、すでに着替えて自分の傍に座っている。
「大丈夫?うなされてたみたいだね。苦しそうだったよ」
些細なことにも不安がる彼女を余計なことで戸惑わせるのもどうだか。微笑んで応えよう。
「大丈夫だよ、大丈夫。」「本当?良かった・・・」
心底ほっとした表情の彼女を見て、こちらもあらためて胸の奥が温かくなる。
「ここのところ忙しいもんね。夢の中でも辛い目にあってるのかと思って祐ちゃんの顔見てたら本当に心配になっちゃった。ねえ、本当に会社は大変じゃない?」
寝顔までじっと見られていたというのが何となく気恥ずかしくもあってうつむき加減に、彼女を引き寄せて抱きしめる。
「はは、忙しいけどやりがいあって楽しいよ。心配してくれてありがとな」「祐ちゃん・・・」
・・・ああ、このぬくもりにおれは何度助けられてきたんだろう。辛いときに君はいつも傍にいてくれた。
学生のときよりもおれは辛抱強くなったはずだ。それでもこの世は世知辛い。実を言うと、今の仕事は正直辛いんだ。使えないと言われ続け、気の合わない上司から執拗に嫌がらせを受ける。つい最近だってやっと任された重要な仕事を、接渉内容が予定と少しずれたという理由でいきなり外された。家にたどり着いて君が笑顔で出迎えてくれたとき、こらえていた気持ちは堰を切って溢れ、靴も脱がずに立ったまま涙が零れ落ちてしまった。君は何も言わずに抱きしめてくれた。
「ねえ、覚えてる?祐ちゃんが就職したての頃。あの頃は良く怒ってたよねえ。あんな会社辞めてやる!って息巻いてて」
コーヒーカップを手に、ふと聡子が苦笑する。そうなんだ。あの頃自分は周囲の人間に始終怒っていた。正義感をやけに燃やして、上司の若い社員に対する不当な扱いに何かと抗議していた。あれから彼とはずっとそりが合わないまま。その日だって派手にやりあった後、ろくに仕事が手につかなくて業務も早々に帰った。玄関には紫の蕾を付けたリンドウが幾つも植えてあった。
「聡子、あの花は・・・?」
「あ、玄関の?かわいいでしょ。あれ、祐ちゃんの花なんだよ」「は?」
「ねえリンドウの花言葉って知ってる?」「・・・いや」
「正義、満ちた自信だって。祐ちゃんにぴったり。毎朝あれ見て行ったら一日がんばれるかな、と思って」
はは、本当に色々と気を使ってくれるよ。彼女の笑みにすっかり毒気を抜かれてしまった。
なあ、気付いていたのか?リンドウはおれだけの花じゃないんだ。
「あなたの悲しみに寄り添う」。
苦しいとき、どうしようもなく涙が落ちそうなとき、君はいつも傍にいた。君がいてくれたからこそ、切り抜けることができた。おれを後押ししてくれる、かけがえのない人。
いつまでも傍にいてほしい。
この関係が、この幸福がいつまでも、続きますように。
目を開く、と同時に自分が息を呑んでいるのに気付く。ああ、夢か。いつもと変わらない光景。鳥がさえずり、心地よい日差しが射している。いつもの景色がいつもと同じようにある、そのことに安堵した。ただ、妻が心配そうに覗き込んでいる。早く目が覚めたのか、すでに着替えて自分の傍に座っている。
「大丈夫?うなされてたみたいだね。苦しそうだったよ」
些細なことにも不安がる彼女を余計なことで戸惑わせるのもどうだか。微笑んで応えよう。
「大丈夫だよ、大丈夫。」「本当?良かった・・・」
心底ほっとした表情の彼女を見て、こちらもあらためて胸の奥が温かくなる。
「ここのところ忙しいもんね。夢の中でも辛い目にあってるのかと思って祐ちゃんの顔見てたら本当に心配になっちゃった。ねえ、本当に会社は大変じゃない?」
寝顔までじっと見られていたというのが何となく気恥ずかしくもあってうつむき加減に、彼女を引き寄せて抱きしめる。
「はは、忙しいけどやりがいあって楽しいよ。心配してくれてありがとな」「祐ちゃん・・・」
・・・ああ、このぬくもりにおれは何度助けられてきたんだろう。辛いときに君はいつも傍にいてくれた。
学生のときよりもおれは辛抱強くなったはずだ。それでもこの世は世知辛い。実を言うと、今の仕事は正直辛いんだ。使えないと言われ続け、気の合わない上司から執拗に嫌がらせを受ける。つい最近だってやっと任された重要な仕事を、接渉内容が予定と少しずれたという理由でいきなり外された。家にたどり着いて君が笑顔で出迎えてくれたとき、こらえていた気持ちは堰を切って溢れ、靴も脱がずに立ったまま涙が零れ落ちてしまった。君は何も言わずに抱きしめてくれた。
「ねえ、覚えてる?祐ちゃんが就職したての頃。あの頃は良く怒ってたよねえ。あんな会社辞めてやる!って息巻いてて」
コーヒーカップを手に、ふと聡子が苦笑する。そうなんだ。あの頃自分は周囲の人間に始終怒っていた。正義感をやけに燃やして、上司の若い社員に対する不当な扱いに何かと抗議していた。あれから彼とはずっとそりが合わないまま。その日だって派手にやりあった後、ろくに仕事が手につかなくて業務も早々に帰った。玄関には紫の蕾を付けたリンドウが幾つも植えてあった。
「聡子、あの花は・・・?」
「あ、玄関の?かわいいでしょ。あれ、祐ちゃんの花なんだよ」「は?」
「ねえリンドウの花言葉って知ってる?」「・・・いや」
「正義、満ちた自信だって。祐ちゃんにぴったり。毎朝あれ見て行ったら一日がんばれるかな、と思って」
はは、本当に色々と気を使ってくれるよ。彼女の笑みにすっかり毒気を抜かれてしまった。
なあ、気付いていたのか?リンドウはおれだけの花じゃないんだ。
「あなたの悲しみに寄り添う」。
苦しいとき、どうしようもなく涙が落ちそうなとき、君はいつも傍にいた。君がいてくれたからこそ、切り抜けることができた。おれを後押ししてくれる、かけがえのない人。
いつまでも傍にいてほしい。
この関係が、この幸福がいつまでも、続きますように。
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by obsessivision
| 2005-09-12 15:13